第4章 ウェーブレット変換のパワーエレクトロニクスへの応用

4.1 電力変換器内のスイッチング時に生じる高調波の時間周波数解析

 近年、半導体電力変換装置は高周波スイッチング技術の導入により、小型・軽量化、高機能化、制御性能の向上がなされてきが、その一方でスイッチング損失の増加、EMIノイズの増加といった問題が出てきた。そこで最近、ソフトスイッチング技術が提案され脚光を浴びている。このソフトスイッチング技術を用いた変換器の研究は盛んに行われているが、ノイズの詳細な解析を行ったという報告はほとんどない。そこで我々はこのノイズに着目し、その解析にウェーブレット変換と呼ばれる時間周波数解析を用いて解析した。ウェーブレット変換は、信号の時間周波数解析が可能なので、複数の変換器からなる電力変換装置の数カ所でデータを取り、それをウェーブレット変換し時間軸を重ねることによってノイズの伝搬の様子が確認できるのではないかと考え、図4.1.1のような実験機を用いてそれを確認した。図4.1.1は実験に用いた二次側PWM制御高周波ACリンクDC-DCコンバータである。この実験機の全てのスイッチングはもちろん、先に述べたソフトスイッチングを実現している。この実験機の入力、変圧器一次側、二次側そして出力電圧の計4カ所のデータをとりウェーブレット変換し、ノイズの伝搬
の様子を確認した。それでは各カ所について考察していく。



●入力電圧(図4.1.2)
実測波形(上)、フーリエ波形(左下)、ウェーブレット波形(右下)それぞれの解析結果を比較するために、周波数軸、時間軸を同じスケールとした。まずウェーブレット波形から10μs付近に全周波数にわたりウェーブレット変換係数が見て取れる。これは新たな現象の生起時間であると特定することができる。実測波形を見てみるとこの現象は一次側のスイッチング、すなわちZVSの影響で現れた周波数の変動であることが確認できる。次にフーリエ波形を見てみるとパワーのピークは0.7MHz付近に現れている。このピーク値はフーリエ波形だけではインパルス的に発生したものなのか、継続的に現れて結果としてこうなったのかということは確認できない。しかし、ウェーブレット波形をみてみるとインパルス的に高い値が発生したのではなく比較的小さな値が継続して現れていたことが分かる。



●変圧器一次側電圧(図4.1.3)
 ウェーブレット波形を見てみると10μs付近に新たな現象の生起時間を確認することができる。これは、実測波形から一次側のターンオフという現象であることがはっきりと確認することができる。



●変圧器二次側電圧(図4.1.4)
 実測波形、ウェーブレット波形から2つの現象の生起時間を確認することができる。



●出力電圧(図4.1.5)
 この波形を見ても分かるようにフーリエ波形のピークはインパルス的に発生したのではなくこの周波数が継続して発生していることが分かる。



 図4.1.6は変圧器一次側と二次側電圧のウェーブレット波形を並べた図である。この図で説明すると、まず一次側でZVSがおこり、一次側の電圧が反転し、二次側のスイッチが順バイアスとなり、数μs遅れてZCSを行い始め、そして二次側制御の特徴であるもう一つのZCSを行い始める様子がはっきりと確認することができる。このようにウェーブレット変換は時間情報を持つので周波数の観点から変換器内の一連の動作をはっきりと確認することができる。このようなことは従来の周波数解析であるフーリエ変換では確認できなかったことである。また、この図をよく見てみるとこの2つのZCSで、共振している周波数が少しずれていることがはっきりと確認することができる。同じZCSなのになぜこのような現象が起こるのかと言うとおそらく二次側のS5,D5、S6,D6によるZCS動作の違いにあると考えられる。S5,D5によるZCSはS5は前もってターンオンされており、D5が準バイアスとなった時点から転流し始めるもので、S6,D6はあらかじめD6が順バイアスとなっていて、S6がターンオンされた時点から転流が始まるというこの2つのZCSのスイッチング動作の違いによってIGBTが持つ寄生容量にたまる電荷の影響で見かけのキャパシタンスが変化するのではないかと考えられる。このようにウェーブレット変換を用いることによって物性的なことも確認することができた。またこの2つの波形から一次側のZVSで発生した10μs付近のノイズは二次側でも少し見られるのに対して、二次側のZCSで発生する2つのノイズは一次側には影響しないことが分かる。この原因としては今回実験機に用いた変圧器にあると考えられる。図4.1.7は今回実験機に用いた変圧器である。今回使用した変圧器は、一次側1に対して、二次側は2という巻数比の変圧器を使用した。巻数の関係から一次側は巻数が少ないということでインダクタンス成分が小さくなり、それに対して二次側は巻数が多いということでインダクタンス成分が大きくなっていることが分かる。インダクタンスはフィルタの役割を果たすため、一次側ではインダクタンスが小さいすなわちフィルタ能力が低いということから一次側で発生したノイズというのは変圧器一次側のインダクタンス成分で吸収しきれない分、二次側に伝搬したのではないかと考えられる。それに対して二次側はインダクタンス成分が大きい、すなわちフィルタ能力が高いので二次側から一次側へのノイズはカットされたのではないかと考えられる。このようなことから一次側から二次側への伝搬はあるものの二次側から一次側への伝搬はなくなったのではないかと考えられる。このような詳細な解析は従来の周波数解析であるフーリエ変換では不可能である。

    



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