神戸高専 情報教育センター広報(NO.9,1997.03)


高等専門学校情報処理教育担当者上級講習会 報告
Report on the Advance Training Course for Information Processing Education in 1996

九鬼 導隆,吉村 弥子**
Michitaka KUKI, Miko YOSHIMURA

応用化学科 講師,**一般科 講師

1.はじめに

 1996年7月15日(月)から8月2日(金)までの3週間にわたり,文部省主催の平成8年度高等専門学校情報処理教育担当者上級講習会が豊橋技術科学大学で開催された.この講習会は高専の情報処理教育に携わる教官を対象に,高専での情報処理教育のレベルアップをはかるために行われているものである.本年度は全国の24高専から29名の教官が参加しており,神戸高専からは九鬼・吉村の2名が参加した.
 講習会は,
  * 基礎コース(4日間)
  * 課題研究(8日間)
から構成されている.基礎コースでは高専における情報処理教育についてコンピュータリテラシー教育を基軸に講習が行われ,その一環としてプログラミングについての講義・演習も行われた.さらに,課題研究では12の小グループにわかれ,各自の選択したテーマについての研究を行った.
 また,7月19,20日には学外研修として,工場見学,パネルディスカッションおよびハイキングが予定されていた.ところが,天候不良でハイキングは中止となり,かわりに作文教育についての講演がおこなわれた.
 本報告では基礎コースで体験した豊橋技術科学大学の教育形態や環境,九鬼・吉村の課題研究について報告する.


2.基礎コース

情報処理センター演習用EWS室
 基礎コースは例年同様の内容でおこなわれているので,その詳細については昨年度参加された小林洋二氏の報告書1を参照していただくことにして,ここでは講習会でかいま見た豊橋技術科学大学の
  1.コンピュータ利用環境
  2.授業形態
  3.作文教育
について報告する.

2.1 豊橋技術科学大学のコンピュータ利用環境

 コンピュータに関する環境はかなり恵まれている.学内共同利用施設としての情報処理センターの他に,各課程・専攻ごとにも必要な機材が整備されている.また,語学センターにも語学教育のみでなく情報処理教育にも使い得る設備が用意されている.

・情報処理センター(演習用EWS室)
語学センターCALL
 学内共同利用施設に情報処理センターがある.この施設はセンター内でコンピュータを利用した教育や研究をおこなうことを目的とするとともに,学内の情報処 理の総合的な調整をおこなっている中枢でもある.なかでも演習用EWS室には80台あまりものワークステーションと計算サーバが設置され,学生にも開放されている.

・語学センター(CALL)
 学内共同教育研究施設の一つとして語学センターがあり,その中にCALLがある.
 CALLとは‘Computer Associated Language Laboratory’の略で,ネットワーク環境の中に最新の情報機器およびAudio Visual機器を配置している.具体的には,一人一人の座席にインターネットに接続されたパソコンが置かれ,さらにパソコン2台の間に教官のパソコン画面やプロジェクターを映し出すモニター画面が用意されている.基礎コースの講義はここでおこなわれたが,非常に効果的な設備であった.


2.2 豊橋技術科学大学の授業形態

 豊橋技術科学大学ではTA(Teaching Assistant)制度とWWW(ホームページ)による講義が取り入れられている.

・TA制度
 情報処理関係の講義や演習にはTA制度が取り入れられている.本講習会でも数名のTAが講義・演習の補佐を行っていた.
 TA制度は大学院生等の学生が授業等の補佐を行うもので,実際にコンピュータを扱う演習等では必要不可欠の制度といえるだろう.一人の教官が数十名の学生を相手に演習等を行う場合,各々の学生の理解度や習熟度の違いから細やかな対応をすることは不可能である.しかし,TAがいれば理解度や習熟度の違いを上手くカバーし,十分な教育効果を上げることも可能となってくる.TAはできれば学生10名当たりに一人,少なくとも20名に一人は必要であろう,と基礎コースの講師である河合和久氏(豊橋技術科学知識情報系助教授)は話していた.
 また,TA制度は演習を受ける学生のみならず,TAを行っている学生への教育効果も十分期待できる.九鬼は大学院時代にTAを行っていたが,TAは学費の足しになったばかりでなく,自分自身の非常に良い勉強になった.実験・実習で学生から様々な質問を受け,それに対応し,勉強することで,TA自身の理解度をも上げることが可能である.
 神戸高専でも,情報教育センターの開放のために5年生を対象としたTA制度が検討されたが,結局見送られてしまった.情報処理教育をより充実させるためには本校でもTA制度の導入を真剣に考えるべきである.

・WWWの利用
 豊富なコンピュータを利用できることから,WWWを用いた講義もおこなわれている.具体的には,教材をWWWのページ上に作り,ブラウザを使ってそれを開きながら講義を進めていくものである.WWWを講義に使う効用として,以下のことがあげられる.
  教官側:講義直前まで修正が可能であり,また,配布資料印刷の手間が省ける.
  学生側:講義前にも資料を読むことができ,さらに,機械可読であるため別利用が可能.
  双方:双方向の情報提供が容易であるため,データの共有ができる.
 なお,基礎コースの講義もWWWを用いておこなわれた.

2.3 作文教育

 基礎コース講師の河合和久氏は,大学の情報処理教育の中で作文教育を実践している2.ここでいう作文とは,よく小学校の作文で課題として出される「遠足の思い出」や「昨日あった楽しかったこと」といったものではなく,いわゆるレポート,小論文,報告文などを指す.
 作文,すなわち「文章」を書くには,書くべき情報を収集・整理し,内容を十分吟味した上で構成を考え,系統立てて書いてゆかねばならない.その過程で,自分の考えをまとめる思考力とその考えをきちんと表現する能力が身についてゆく.つまり,作文教育の理念・目標は,情報活用能力の育成であり,情報機器を活用し,思考力と表現力を身につけることである.
 このような教育は,本来なら初等・中等教育の段階でおこなわれるべきものではあるが,実際には十分な教育がなされているようには見受けられないという.しかしながら,自分の思考を練り上げて上手に表現する能力はどのような場面でも非常に重要なものであり,高等教育機関でもこのような能力の育成に真剣に取り組む必要があるのではないだろうか.


3.課題研究:分子モデリングの実習(九鬼)

 応用化学科における情報処理教育・コンピュータ利用の目的の一つに,分子軌道計算とその計算結果による分子の物性・反応性の予測・解析がある.この分野は,近年のコンピュータの急速な発展と計算プログラムの改良などにより,化学にたずさわる技術者・研究者にとって非常に身近なものとなった.最近では分子軌道計算の結果を視覚化し,分子軌道の分布等から直感的に化学的特性を予測・解析することができるようになった.さらに,この様な分子軌道の視覚化は,ともすれば数式ばかりが飛び交う物理化学の授業等で,基本的な概念のイメージを伝えるのに非常に有力である.
 そこで,本課題研究では半経験的分子軌道法を用いてベンゼン誘導体の分子軌道を計算・視覚化し,ベンゼン誘導体への置換反応の配向が説明できるかを試みた.

図3.1.分子軌道を計算したベンゼンと7つの誘導体の構造式.

3.1 m-配向・o,p-配向

 ベンゼンおよびその誘導体では求電子試薬がベンゼン環のπ電子を攻撃する求電子置換反応が起こる.置換基が一つ導入されたベンゼン誘導体では,どのような置換基が付いているかで次の置換基が入る部位が決まる.置換基が電子吸引性の場合は次の置換基がm-位に,電子供与性である場合にはo,p-位に入る.また,ハロゲン誘導体ではハロゲンが電子吸引性官能基であるにもかかわらず,π電子に関しては電子供与性であるため,次の置換基はo,p-位に入る.今までこの様な配向は有機電子論の立場から理解されてきたが,分子軌道計算を軸に考えてみよう.

3.2 分子軌道計算

図3.2.ベンゼンのHOMO電子の存在確率.
 置換反応が起こるためには,求電子試薬がベンゼン環のπ電子の中でもHOMO(Highest Occupied Molecular Orbital,電子が詰まっている分子軌道の中で最もエネルギーの高い軌道)を攻撃する必要がある.そこでMOPAC(汎用の分子軌道計算プログラム)でベンゼン誘導体の分子軌道をPM3レベルで計算し,HOMOの分子軌道関数の二乗(HOMO電子の存在確率)を視覚化の汎用プログラムAVSで視覚化した.計算を行った8つの分子を図3.1に示す.

3.3 計算結果の解釈

 図3.2にベンゼンのHOMO電子の存在確率を示す.ベンゼンの場合でもHOMOの分布には偏りがあり,攻撃を受ける部位は偏っていることがわかる.しかし,骨格がC6対称であるため,この軌道の偏りは反応生成物に影響しない.
 図3.3に電子吸引性置換基のついたベンゼン誘導体,ニトロベンゼンのHOMO電子の存在確率を示す.ニトロベンゼンではHOMOの分布がm-,o-位に偏っている.詳しく軌道の線形結合係数を見ると,m-位の係数が一番高くなっている.同じく電子吸引性のカルボニル基が付いた安息香酸でも同様の結果が得られており,電子吸引性置換基のついたベンゼン誘導体ではm-配向になることが理解できる.

図3.3.ニトロベンゼンのHOMO電子の存在確率.   図3.4.アニリンのHOMO電子の存在確率.

 図3.4に電子供与性置換基のついたベンゼン誘導体,アニリンのHOMO電子の存在確率を示す.アニリンではHOMOの分布がo-,p-位に偏っている.同じく電子供与性のメチル基が付いたトルエンでも同様の結果が得られており,電子供与性置換基のついたベンゼン誘導体ではo,p-配向になることが理解できる.
 図3.5にハロゲンのついたベンゼン誘導体,塩化ベンゼンのHOMO電子の存在確率を示す.塩化ベンゼンではHOMOの分布がo-,p-位,特にp-位に偏っている.臭化ベンゼンでも同様の結果が得られており,ハロゲンのついたベンゼン誘導体ではほぼp-配向になることが理解できる.
 図3.6にアセチルアニリンのHOMO電子の存在確率を示す.アセチルアニリンではアニリン同様,o,p-配向になることが理解できる.しかし,アニリンの場合と異なるのは酸素原子側のo-位に比べ,反対側のo-位の分布が下がっている.酸素原子側のo-位は立体障害のために攻撃できず,o-配向の生成物が減少することがわかる.

図3.5.塩化ベンゼンのHOMO電子の存在確率.  図3.6.アセチルアニリンのHOMO電子の存在確率.

3.4 研修の成果

 上述のように,分子軌道計算とその視覚可によりベンゼン誘導体の配向問題を直感的に理解することができる.このようなコンピュータ活用は,応用化学科での情報処理教育の一つの目標としても,物理化学等の教材としても非常に有効であることがわかった.
 また,現在私が研究を行っている光合成色素,β-カロテンの全トランス・各モノシス異性体について,PM3・エネルギー勾配法による最適化計算を行い,基底状態の構造を予測した.この結果,各異性体で非常にユニークな骨格構造をしている可能性があり,これが各異性体の物理化学的な性質と関連ありそうなことがわかった.


4.課題研究:インターネットにおける情報管理と検索(吉村)

 ・・・(都合により省略)・・・


5.最後に

 3週間にも及ぶ期間,講習会に参加したわけであるが,そこで感じ,考えたことを述べてこの報告を終わることにする.
 まず,この講習会に参加して大変良かったと思っている.日頃,教育・研究その他にコンピュータを利用している我々にとっては,高専での情報処理教育を基軸にその道のプロの方からいろいろな御指導を受け,恵まれた施設にふれることができたことは大きな収穫であった.日頃,情報処理教育についても考えることもあるが,実際にコンピュータリテラシー教育を実践されている方の講習を受け,かなり明確に問題意識を持つことができたのではないだろうか.また,課題研究ではそれぞれの分野の最先端で活躍されている方々の生の声を聞くことができたのも,大いに役立っている.
 次に,情報処理教育に携わっている全国の高専の個性的な先生方といろいろな意見を交わすことができたのも大きな収穫であった.コンピュータ利用に関する高専共通の問題や各学科の現状など興味深い話を聞くことができた.
 最後に,一つだけ非常に残念に思うことがある.九鬼・吉村両名は情報処理教育担当者ではないということである.この講習会に参加するさい,「何も情報処理の授業だけが情報処理教育ではない.卒業研究や日頃の授業等で,それぞれの専門分野と関わった広義の意味での情報処理教育もあるんだよ.」と声をかけられたのは確かにその通りである.しかし,情報処理教育担当者でない以上,実際にこの講習会で学んできたことを実践する機会も,対象となる学生も非常に少ない.講習会で学んだことを実践する機会や対象の多い教官が参加された方が多くの学生のためになるのではないだろうか.豊橋に行かれたことのない情報処理教育担当者の方には是非とも参加していただきたい.


6.謝辞

 3週間にもわたる長い間熱心にご指導くださいました講師の先生方をはじめ,お世話になった豊橋技術科学大学の関係者各位に深く感謝致します.また,期間中公私にわたってさまざまな影響を与えてくださった20名あまりの受講生の皆様にも感謝いたします.
 最後になりましたが,このような講習会に参加する機会を与えてくださった神戸高専の関係者の方々にお礼申し上げます.


7.参考文献

  1. 小林洋二,『高等専門学校情報処理教育担当者上級講習会 報告』,神戸高専情報教育センター広報 8 (1996)38-41.
  2. 河合和久,『 中学校における教科「情報」としての作文教育』,コンピュータと教育 40-6 (1996) 37-
    44.


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