【 2012 年度 授業概要】
科   目 物理有機化学 ( Physical Organic Chemistry )
担当教員 九鬼 導隆 准教授
対象学年等 応用化学専攻・1年・後期・選択・2単位
学習・
教育目標
A4-AC3(100%)
JABEE
基準1(1)
(d)1,(d)2-a,(d)2-d,(g)
授業の概要
と方針
ウッドワード-ホフマン則とフロンティア軌道論のように,有機化学反応も分子軌道や遷移状態等の物理化学的視点から理解されるべきである.よって,本講義では,有機反応機構論で学習した内容をより深く理解するために分子軌道論とその有機化学への応用を解説する.また,有機物質の同定に使用される機器分析の多くは,基本原理として分子分光学が用いられている.よって,機器分析の原理を理解するために分子分光学の基礎についても解説する.



1 【A4-AC3】 変分法の原理,分子の形成や分子軌道についての基本的な概念を理解する
2 【A4-AC3】 ヒュッケル法等の分子軌道法の仕組みを理解する.
3 【A4-AC3】 ハートリー方程式や平均場近似,SCFによる分子軌道法の仕組みを理解する.
4 【A4-AC3】 簡単な有機化学反応をフロンティア軌道論の立場から説明できる.
5 【A4-AC3】 分子の電子・振動・回転状態のエネルギー準位とそれぞれの関係を理解し,分子の励起・緩和過程やその機構を定性的に説明できる.
6 【A4-AC3】 可視紫外吸収,発光(蛍光・燐光)スペクトルの原理と得られる情報について説明できる.
7 【A4-AC3】 振動分光(赤外吸収とラマン分光)の原理と得られる情報について説明できる.
8 【A4-AC3】 核スピンのエネルギー状態や核磁気共鳴の基本原理,局所磁場や局所的遮蔽,化学シフト等を理解し説明できる.
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1 中間試験で,変分原理,分子を扱う際の種々の近似,分子軌道について説明させ,的確に説明できるかどうかで評価する.
2 中間試験で,ヒュッケル法等の分子軌道法について,近似の扱い等が的確に説明できるかどうかで評価する.
3 中間試験で,ハートリー方程式の導出手順,平均場近似の意味等を解説させ,的確に説明できるかどうかで評価する.
4 中間試験で,基本的な有機化学反応を与え,分子軌道やフロンティア軌道を用いてその反応が的確に説明できるかどうかで評価する.
5 定期試験で,分子の励起と緩和の動力学をポテンシャル曲面上の代表点の運動として的確に説明できるかどうかで評価する.
6 定期試験で,可視紫外吸収,発光(蛍光・燐光)の選択律,フランク-コンドンの原理,分子の中の電子のエネルギー状態,電子遷移に伴う分子構造の変化等が的確に説明できるかどうかで評価する.
7 定期試験で,赤外線吸収・ラマン分光の基本原理,分子振動と分子構造の関係等について的確に説明できるかどうかで評価する.
8 定期試験で,外部磁場による核スピンのエネルギー分裂,ラーモア周波数,局所磁場の変化と化学シフトへの影響,スピン結合と吸収線の分裂パターン等に関して的確に説明できるかどうかで評価する.
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成績は,試験100% として評価する.中間試験,定期試験をそれぞれ50%として評価し,2回の試験の合計100点満点中60点以上を合格とする.
テキスト 「量子物理化学」:大野公一(東京大学出版会)
参考書 「初等量子化学入門 第2版」:大岩正芳(化学同人)
「基礎量子化学 軌道概念で化学を考える」:友田修司(東京大学出版会)
「アトキンス物理化学 第6版 下巻」:P.W. Atkins 著/千原秀明・中村亘男 訳(東京化学同人)
「分子の構造」:坪井正道(東京化学同人)
関連科目 本科4年の応用物理II,物理化学I,5年の物理化学II,専攻科1年前期の量子物理,専攻科の有機反応機構論
履修上の
注意事項
量子力学の知識を前提とするので,本科4年生の応用物理II,物理化学Iや5年生の物理化学IIをしっかりと理解しておくことが望ましい.また,専攻科1年前期の量子物理や有機反応機構論を履修しておくことが望ましい.

【授業計画( 物理有機化学 )】
上段:テーマ/下段:内容(目標、準備など)
1 分子の電子状態: 核の運動の分離,軌道近似
多核・多電子系のハミルトニアンに,ボルン-オッペンハイマー近似を用いて核の運動を分離し,多電子系のハミルトニアンへと移行できることを示す.さらに,多電子系のハミルトニアンが,電子-電子の相互作用のため,変数分離できないことを示し,軌道近似を用いることを解説する.
2 変分原理,LCAO近似
近似問題の基本となる変分法について解説し,変分原理を説明する.また,分子軌道法の基礎となるLCAO近似について説明する.
3 分子軌道法:水素分子イオンの形成
分子軌道法を用いて,一番簡単な系である水素イオン分子が形成し,分子軌道が結合性軌道と反結合性軌道に分離することを解説する.
4 ヒュッケル法
電子-電子の相互作用を全く無視して一電子ハミルトニアンを用いるヒュッケル法について解説する.一電子ハミルトニアンのみを用いた場合の分子のエネルギーやその軌道エネルギーとの関係を示し,さらに,隣接原子以外で重なり積分と共鳴積分を無視して,LCAO係数を求め,分子のエネルギー状態等について講義する.
5 ハートリー方程式と平均場近似
まず,エネルギーが停留値をとる条件よりシュレディンガー方程式が導出できることを示す.次に,電子-電子の相互作用を残したまま,各々の電子の状態が確率論として独立事象である軌道近似を用いて変分の試行関数を制限し,ハートリー方程式を導出する.さらに,この軌道近似が平均場近似となっていることを解説する.
6 ハートリー-フォック方程式
ハートリー方程式では電子スピンが全く考慮されていないことを指摘し,波動関数を反対称化する必要性を説明し,スレーターの行列式を導入する.スレーターの行列式を用いて,ハートリー方程式の場合と同様な手順でハートリー-フォック方程式が導出できることを,簡単に,解説する.
7 有機化学反応への応用
共役系の物理化学的特性やペリ環状反応,ベンゼン誘導体のo,p-,m-配向性等,有機化合物の物性や簡単な有機化学を分子軌道の立場から解説する.
8 中間試験
中間試験
9 分子のエネルギー準位,励起と緩和の動力学
並進運動を分離したあとの分子のエネルギー状態(電子・振動・回転),分子が光励起を受けた後の挙動[輻射遷移,無輻射遷移(内部転換,項間交叉),振動緩和等]について解説し,分子の励起と緩和の動力学を講義する.
10 フェルミの黄金律と電子遷移,フランク-コンドンの原理と垂直遷移
ボルン-オッペンハイマー近似より,電子遷移が垂直遷移であることを示し,量子力学的に状態間の遷移を取り扱うフェルミの黄金律を紹介する.さらに,黄金律を分子の電子遷移に適応して,電子遷移の選択律やフランク-コンドン因子,振動の波動関数の重なりと遷移確率について解説する.
11 可視紫外吸収分光,発光(蛍光・燐光)分光
可視紫外吸収分光,蛍光・燐光分光の実際を簡単に解説しながら,分光測定より得られる情報(分子の中の電子のエネルギー状態,電子励起に伴う構造変化,等々)について講義する.
12 強制振動,連性振動
分子振動を取り扱う基礎として,赤外線吸収をモデル化できる強制振動と,分子振動をモデル化できる連性系の振動を解説する.
13 赤外線吸収分光とラマン分光
分子振動との相互作用である赤外線吸収とラマン効果,赤外線吸収分光,ラマン分光の実際を簡単に解説しながら,分光測定より得られる情報(分子振動のエネルギー状態,分子構造,無輻射遷移での分子振動の役割,等々)について講義する.
14 核磁気共鳴の基本原理,局所磁場の形成と遮蔽定数
核スピン,外部磁場による核スピンエネルギーの分裂とラーモア周波数等,核磁気共鳴の基本原理を解説する.また,分子に外部磁場をかけた場合の磁場応答を考え,外部磁場の局所的遮蔽や,核が置かれている環境によって局所的遮蔽が変化し,共鳴エネルギーが変化することを解説する.
15 化学シフト,分裂パターン
化学シフトを定義して,核磁気共鳴のスペクトルが外部磁場の大きさに関わらない形で表現できることを示す.さらに,核の置かれている環境の違いより局所的遮蔽が変化し,化学シフトが変化すること,核スピン間の相互作用(結合)によりスペクトル線が分裂することを解説する.


本科目の修得には,30 時間の授業の受講と 60 時間の自己学習が必要である. 後期中間試験および後期定期試験を実施する.