【 2008 年度 授業概要】
科   目 応用物理II ( Applied Physics II )
担当教員 九鬼 導隆 准教授
対象学年等 応用化学科・4年・通年・必修・2単位 ( 学修単位III )
学習・
教育目標
A2(100%)
JABEE
基準1(1)
(c),(d)1
授業の概要
と方針
化学では原子や分子等の微視的な系や,微視的な系と巨視的な系の関連を理解する必要がある.そこで,本講義では,まず,微視的な系と巨視的な系をつなぐ統計熱力学の基礎を講義し,化学への応用についても言及する.次に,微視的な系を理解するのに必須の量子力学の基礎と原子・分子への応用を講義する.



1 【A2】  統計力学の基本原理を理解し,微視的な物理量と巨視的な物理量を関連づけることができる.
2 【A2】  ラグランジュ形式,ハミルトンの正準変換形式の理論を理解し,力学系に適応できる.
3 【A2】  黒体輻射と比熱理論,光電効果と電子線回折,ボーアの模型等から,古典物理学の限界,エネルギーが離散的であること,波動と粒子の二重性等について説明できる.
4 【A2】  ハイゼンベルクの不確定性原理,ボルンの確率解釈,シュレディンガー方程式の解の性質や境界条件とエネルギーの関係を定性的に説明できる.
5 【A2】  基本的な系(井戸型ポテンシャルや調和振動子等)の厳密解が求められる.
6 【A2】  水素型原子の主量子数,方位量子数,磁気量子数の意味,量子数と波動関数の節の数との関係等を理解し,水素型原子の原子軌道の概形が描ける.
7 【A2】  変分法の原理,分子の形成の基礎概念を理解する.
8 【A2】  ヒュッケル法やハートリー方程式の仕組みを理解する.
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1 中間試験で,統計力学の基本原理を説明させ,的確に説明できるかどうか,あるいは,微視的な物理量から巨視的な物理量が導出できるかどうかで評価する.
2 中間試験で,基本的な力学系に解析力学の手法を適応し,力学系の運動が解けるかどうかで評価する.
3 定期試験で,黒体輻射,比熱理論,光電効果,電子線回折等を説明させ,古典物理学の限界,エネルギーが離散的であること,波動と粒子の二重性等について的確に説明できるかどうかで評価する.
4 中間試験で,不確定性原理やボルンの確率解釈を含む,シュレディンガー方程式の解の性質等を説明させ,的確に説明できるかどうかで評価する.
5 中間試験で,与えられた基本的な系の厳密解が求められるかどうかで評価する.
6 定期試験で,水素型原子中の電子の軌道について説明させ,量子数の意味が的確に説明できかつ電子の軌道の形が描けるかどうかで評価する.
7 定期試験で,変分原理,分子を扱う際の収受の近似,分子軌道について説明させ,的確に説明できるかどうかで評価する.
8 定期試験で,ヒュッケル法やハートリー方程式の導出手順,近似法の意味等を解説させ,的確に説明できるかどうかで評価する.
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成績は,試験100% として評価する.「評価方法と基準」にある,1〜2を中間試験で,3を定期試験で,4〜5を中間試験で,6〜8を定期試験で評価し,それぞれの試験を25%として4回の試験の合計100点満点中60点以上を合格とする.
テキスト 「物理化学要論」:P. W. Atkins著/千原秀明・稲葉章 訳(東京化学同人)
「量子物理化学入門」:寺坂 利孝・森 聖治(三共出版)
参考書 「物理入門コース7 熱・統計力学」:戸田 盛和(岩波書店)
「物理テキストシリーズ6 量子力学入門」:阿部 龍蔵(岩波書店)
「初等量子化学 第2版」:大岩正芳(東京化学同人)
「アトキンス物理化学 第6版(上・下)」:P. W. Atkins(東京化学同人)
「物理化学 -分子論的アプローチ-(上・下)」:D. A. McQuarrie, J. D. Simon(東京化学同人)
関連科目 1〜3年までの物理学・数学,3年生の応用物理,4年生の応用数学・確率統計
履修上の
注意事項
統計力学や量子力学といった,数理物理学の花形とも言える分野の基礎を学習するので,当然,基礎的な物理学とその基礎となる数学に精通していることが望ましい.1〜3年までの物理学や数学のみならず,同時進行で学習する応用数学や確率統計の内容も必要となってくる.これらの科目を復習したり,良く学習しておくことが望ましい.

【授業計画( 応用物理II )】
上段:テーマ/下段:内容(目標、準備など)
1 熱力学の復習
熱力学の諸概念やギブズの自由エネルギーについて復習する.
2 統計力学:エントロピーの意味
エントロピーを確率論から解釈し直す.エントロピー増大の法則を確率論からとらえ,巨視的には同じ状態となる微視的な状態の場合の数がエントロピーであることを示し,エントロピー増大の法則が巨視的状態の実現確率の問題であることを示す.
3 ミクロ正準集団の統計力学
ミクロ正準集団の統計力学を解説する.エントロピー増大の法則(微視的な場合の数が最大になる巨視的な状態が実現される)からミクロ正準集団での分配関数等を導き,微視的なエネルギー状態と巨視的な物理量との関係を説明する.また,ボルツマン分布等についても講義する.
4 熱力学と統計力学
熱力学の諸概念等が統計力学からどのように解釈され,応用されるかを,簡単に講義する.
5 統計力学の化学への応用
化学熱力学や化学反応速度論への統計力学の応用を簡単に講義する.
6 解析力学:ラグランジュ形式
ニュートン力学を座標に依存しない形で数学的に整理すべく,実際に起こる力学的運動は,作用積分が最小値をとるというハミルトンの原理から,ラグランジアンを定義してハミルトンの原理を適応し,ラグランジュ形式の運動方程式を導く.また,ラグランジュ形式の運動方程式がニュートンの運動方程式と等価であることも示す.
7 ハミルトンの正準変換形式
正準運動量を定義し,正準運動量と位置を基本的な独立変数と見なして,ラグランジアンよりハミルトニアンを定義する.ハミルトニアンの全微分より,ハミルトンの正準方程式を導き,正準方程式がニュートンの運動方程式と等価であることも示す.さらに,正準変換について簡単に触れ,ポアソンの括弧も紹介する.
8 中間試験
中間試験
9 古典物理学の破綻
19世紀末から20世紀初頭にかけての物理学界の状況を概観する.いわゆるエーテル問題と黒体輻射から,相対論と量子論が誕生した歴史的経緯を,簡単に説明する.
10 黒体輻射
黒体輻射におけるレイリー-ジーンズの法則と紫外部の破綻およびプランクの輻射式について解説し,プランクの量子仮説(エネルギーが離散的であること)の発見過程およびその意味を講義する.
11 アインシュタインの比熱理論
固体の比熱におけるデュロン-プティの法則と現実とのズレ,アインシュタインの比熱理論を解説し,エネルギーが離散的であることの発見過程およびその意味を講義する.
12 光電効果・電子線回折
光電効果の実験とアインシュタインの解釈を解説し,電磁波(波動)が光子(粒子)としての性質を持つことを,また,電子線回折の実験より,電子(粒子)が波動としての性質を持つこととド・ブロイの物質波について解説し,波動と粒子の二重性について講義する.
13 ド・ブロイ波とボルンの確率解釈,不確定性原理
電子線回折等の実験より,ド・ブロイ波が確率振幅であることを示し,ボルンの確率解釈について解説する.さらに,ド・ブロイ波と粒子の運動量の関係,波動関数が確率振幅であることからハイゼンベルクの不確定性原理を解説する.
14 前期量子論(ボーアの模型)
ラザフォード型原子模型と,ボーアの量子条件を用いて,水素型原子の中の電子のエネルギーを計算し,水素型原子のスペクトルが輝線となることや,水素原子のスペクトル系列(バルマー系列やライマン系列等)が説明できることを解説する.
15 微視的な系の力学
フェルマーの定理から導出される幾何光学の基本方程式と,ハミルトンの原理から導出される解析力学の基本方程式が酷似していること,波長が0の極限で,波動光学から幾何光学へ移行できること等から,古典力学に対応する波動力学とも言えるべき理論体系が示唆されることを簡単に説明する.
16 シュレディンガー方程式
シュレディンガー方程式の特徴とその解である波動関数の性質(一価・有界・連続)を解説し,特に波動関数の連続条件(境界条件)からエネルギーが離散的になることを講義する.
17 一次元井戸型ポテンシャルの厳密解
量子力学の基本でありかつ近似法等の応用の基本となる厳密に解ける系について解説する.1次元の井戸型ポテンシャルに拘束された粒子を取り上げ,まず,ポテンシャルが有界の場合を解説し,極限移行でポテンシャルを無限大とし,ポテンシャルが無限大の系でのエネルギー波動関数の厳密解を求める.
18 波動関数の完備性,固有値と固有関数
一次元無限大井戸型ポテンシャルの波動関数を例にして,物理量演算子の固有値と固有関数が物理量と波動関数であることを示し,さらに,波動関数の規格化と直交性,完全性の仮定より,波動関数が完備性を持ち,線形空間を張る基底ベクトルとなることを解説する.
19 空間対称性とパリティ,縮退
ポテンシャルエネルギー等,物理系が空間対称性を持つときに,波動関数もパリティを持つこと,また,空間対称性の結果,エネルギーの縮退が存在することを示す.
20 井戸型ポテンシャルの応用例(共役系分子の吸収スペクトル)
直鎖共役系分子のπ電子が,一次元無限大井戸型ポテンシャルの中の粒子としてモデル化でき,共役系の長さが長くなるにつれて,主吸収帯の極大波長が長波長シフトすることを説明できることを示す.
21 回転運動(円環上の粒子)の厳密解
量子力学の基本でありかつ近似法等の応用の基本となる厳密に解ける系について解説する.2次元極座標系での回転運動について,厳密解を求め,回転運動の特徴と磁気量子数について講義する.
22 一次元調和振動子
量子力学の基本でありかつ近似法等の応用の基本となる厳密に解ける系について解説する.1次元調和振動子を取り上げ,通常の微分方程式を解くとき方でなく,場の量子論の基礎ともなる,生成・消滅演算子を用いた,代数的な解法で調和振動子のエネルギーを求める.
23 中間試験
中間試験
24 原子の構造:水素類似原子の構造
量子力学の基本でありかつ近似法等の応用の基本となる厳密に解ける系について解説する.中心力場に拘束された粒子を取り上げ,その解法を定性的に説明し,主量子数,方位量子数,磁気量子数とその意味について解説する.
25 量子数と原子軌道のエネルギー・形
主量子数,方位量子数,磁気量子数の組み合わせと,水素型原子の電子の軌道の種類や特徴について解説し,量子数と電子の存在確率の節・節面の数の関係から,各軌道の形が予測できることを示す.
26 電子スピン
同一粒子が区別できないこと,そのためフェルミ粒子にパウリの排他律が存在することを示し,スピン量子数についても解説する.
27 変分原理
厳密に解けない系に対して行う近似法の一つ,変分法の基礎となる変分原理について解説する.
28 多電子原子と分子,水素分子の形成
多電子原子や分子のハミルトニアンが1電子ハミルトニアンと電子の相互作用ハミルトニアンで記述できることを示し,分子の電子状態を考える上で必要な種々の近似,ボルン-オッペンハイマー近似,LCAO近似等を解説する.また,水素分子が形成し,分子軌道が結合性軌道と反結合性軌道に分離することを解説する.
29 ヒュッケル法
電子-電子の相互作用を全く無視して一電子ハミルトニアンを用いるヒュッケル法について解説する.一電子ハミルトニアンのみを用いた場合の分子のエネルギーやその軌道エネルギーとの関係を示し,さらに,隣接原子以外で重なり積分と共鳴積分を無視して,LCAO係数を求め,分子のエネルギー状態等について講義する.
30 ハートリー方程式と平均場近似
まず,エネルギーが停留値をとる条件よりシュレディンガー方程式が導出できることを示す.次に,電子-電子の相互作用を残したまま,各々の電子の状態が確率論として独立事象である軌道近似を用いて変分の試行関数を制限し,ハートリー方程式を導出する.さらに,この軌道近似が平均場近似となっていることを解説する.


前期,後期ともに中間試験および定期試験を実施する.